バンコクへ vol.6 空の上の時間はどこにも属さない

朝、5時半に目覚ましが鳴る。その数分前に、目が覚めて、まだ窓の外が「暗い」に分類されることを確認する。ドアのそばには、昨夜、といっても眠ったのは2時を過ぎていたから、さっきパッキングを終えたばかりの、ブラウン色のスーツケースと、グレーのリュック、ブラックのサコッシュが並んでいる。これから異国の色彩を詰め込むための、ベーシックたち。

9時15分発の成田空港便、というのは、この1年間三軒茶屋、という名前の駅近くの一軒家を、友人5人と一緒に借りで、シェアリングしながら住んでいる私には、いささか厳しいものがある。6時01分発の田園都市線に乗って、乗り換えの少ない押上駅を目指す。途中、彼の住んでいる駅の近くを通って、「少しだけ近い」と、愛しく想う。

その次に目覚めた時、私はすでに空の上にいた。飛行機の、機内。成田空港第二ターミナルの、98番ゲートから飛び立った(そしてそれは、おそらく第二ターミナル内でもっとも遠い場所に位置するゲートの一つであったはずだった)エアアジアの機体。やっぱり少しだけ空調がきつくて、そしてうっかりしたことに、座席の確保を忘れていたから、私にしては珍しく窓際の席じゃなかった。まぁいいか、と思う。

目が覚めた時、やっぱり「彼はどうしているだろう」という考えが、ちらりと頭をかすめた。離れない。「まだ、意識が日本にある」と確認する。いつも体は、心を置いて先に旅に出てしまう。「早くおいでよ」と時折先の方から、呼んだりすることもあるくせに。

今回の旅は、私にとって特別なものになるといい、と考えている。きっと外から見たら一緒なのだろうけれども、私の中では、明らかに異質で、そして挑戦の意味合いを持っていた。

「ただの旅ではない」なんていったって、本当にそれは、私のごく個人的な分類でしかないから、誰にも関係がない、といったらそれまでなんだけれども。それでも、本当に、特別な2週間である予定だった。

まず、2週間、2カ国、という「数」からして異質だ。そしてそのうち、90%以上の時間を、スリランカで過ごす予定に決めてある。2週間あれば、本来の私であればもっと移動をする。「1つの国に居る」という体験をすべきだというある種の使命感と、したいという強い意志みたいなものが、半年、いやもっと以前からあった。

それが、始まってしまった、という、嬉しさよりも焦燥感が、少しだけこみ上げる。目を覚まして、感覚を研ぎ澄まし、それでいて自由に、異国の空を、歩け。

空の上では、少しの睡眠の「継ぎ足し」と、すでに手元にある大切な原稿仕事の進行(空の上では、オフラインでできるものを、厳選する必要がある。基本的には)、そして、2冊だけ持ってきた、紙の本の読書、というミッションを掲げていた。今回は森下典子さんの『日日是好日』と、村上春樹さんの『職業としての小説家」。

私は一月に、10〜15冊程度の本を買う。そしてそのうち、必要なものと、必要ではなさそうなものを、見極めていく。この2冊は、最初の数ページをめくっただけで、多分今必要なものである、という実感が得られた本だった。そして、機内で読み進めながら想う。「私は、時間軸をただひたすらに、大幅に、拡げたかったのだな」と。またそれが、「これからしばらくの私にとって、とても重要な意味を持つだろう」、と。

今日とか、明日とか、明後日とか、来週とか、再来週とか、そういうことではない。来月とか、半年後とか、来年とか、そういうことでもない。「私の”何か”は、もっと先の未来まで、価値を持つものであり得るのだろうか」とか、もっと言えば「死んだ後も」のような。縦の軸の、長い時間の中において、「では私は、ごく個人的には、どうありたいのか?」みたいなことを、ずっと、「言語化したがっている」。もっと正確に言えば、「自覚したがっている」ようだと感じた。

「書くこと」と「撮ること」の他に、「話すこと」も、私の「生業」に入っている、と仮定した時期があった。確かに「マネーの源泉」になり得た機会はある。けれどそれだけだ。私は「話すこと」が、きっと基本的には苦手というか、避けたいことというか、「本音が出ないもの」として扱ってしまっているような気が、この数ヶ月していた。だから何、ということではないのだけれど、こうやって「書く」ことが、私にとっての一番の「私」であるような気がした。

ええと、何の話をしたいのかというと。「やっとバランスを、見つけられそうだ」という「光」みたいなことなのだけれど。旅先の「ハレ」と、日々の「ケ」の話。文章を書くことと、旅をすることと、生計を立てていくこと、誰かを愛すること、暮らしの中に、小さいけれど変化を見つけてゆくことへの喜び。世界の鮮やかさと、日々の穏やかな凪、静と動の割合、望むこと、「仕事」への向き合い方。

自分のことを、知るのは本当に難しい。「何を求めるのか」ではなく、「求めない状態とは何か」を考えることから始めなさい、と本は言う。

旅に出ることは、私の中の鳥を放つことと同義だ。飛んでいきなさい、と私は言う。しばらく羽を休めていた彼ら彼女らは、極彩色だった羽を、その間に少しだけ柔らかな色に、変えていた印象を、私は成田とバンコクのフライトの間の空に見る。到着までは、あと2時間。もう5時間も、昼の空を飛んでいるのか、といつも不思議な気持ちになる。