もっと緑豊かな古都へ vol.10 聖地・キャンディに着いた

心と身体は繋がっているから。身体が旅をすると、心も旅しやすくなる。きっと酔っ払っていたのだけれど、ふとそんなことを言った人がいる。すごく納得感があって、「そうだよな」という実感の得られるフレーズだった。

今、窓の外にはスリランカの中心部、古くはシンハラ王国の首都として200年栄えた「キャンディ」の森が広がっている。高台に立つ小さなホテル。2階のテラス席からは、夕日も朝日も、180度見渡せるくらい、美しく見えそうだった。さっきから、トカゲがシャワールームをせわしなく歩いていたり、どうしてだか部屋の中のどこかから鳥の鳴き声みたいなものが聞こえるのは、「そういうもの」だとして割愛しよう。

「ヒト以外のモノ」に対する耐性は、この数年で随分とついた。出来事も、ある程度のことだったら動揺しない。「世界とは、自分の常識以外で成り立っていることの方が多い」「もっといえば、この世界のほんの、ほんの一部の出来事から蓄えた知識で構成されているのが、私である」という認識だから(当たり前だけれども)「予想外のこと」なんてすぐに起きる。そうやって生きれば、大抵のことは「普通のこと」として目の前に現れる。生きやすかった。

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コロンボからキャンディまで行くための交通手段は、バスか電車で、たくさんの人はバスがおすすめだと言っていた。けれどバス停の場所がよくわからなかったし、そもそも切符はどうやって買えばいいのだろう。バスよりも電車の方がウェブ検索でチケットが買いやすそうで、前日の夜予約でも、翌日の朝発の電車が予約できそうだったので、行き当たりばったりで電車の切符を買った。

だのに、翌朝10:30発の電車に乗るために駅に着いたら、「予約できませんでした」というメールが同時に届いた。「なんてこったい」と思いながら、カウンターに並ぶ。電車の当日券は売り切れの場合も多いと聞いていたから、「もし行けなかったら、北のキャンディ行きは延期して、南のゴール行きに目的地を変更しようか」などの考えも頭をよぎった。

でも、無事キャンディには行けることになった。クーラー付きという噂の一等車は売り切れていたけれど、クーラーなしの二等車なら乗れるらしい。まぁいいか、暑いとはいえ、風はからりとして気持ちがいいから。進行方向の右手の方が景色がいい、というブログを昨夜見つけていたので、二等車の右側、さらには窓際の席を狙う。

座席は指定されていないようだった。ホームに電車が到着して、止まっていない頃からみんなが入り口につかまりながら車内に入って行く様子を見て、「スリランカだなぁ」と感じる。そんなに急がなければいけないほど、座席が埋まってしまうのだろうか、と心配になったし、ホームに電車が来たというのに列に並ばず、ぼーっとしている私を見て車掌たちが「お前も入れよ」と苦笑しているから、「席、ないのかと思った」。のに、二等車はちょうどみんなが、詰めすぎずゆったりと座れるくらいの人数だったから、「やっぱり急ぐって、よくわかんないな」と私は思う。

緑が、どんどんと濃くなっていった。山を登って、見晴らしの良い場所にでる。電車は意外にも時刻表通りに進んでいく。

キャンディ。ここはどうやら、コロンボに続く第二の都市らしい。もっともっと、静かな街だと予想していたけれど、意外に渋滞もあるしクラクションは鳴るし、人は多く、トゥクトゥクタクシーは盛大にぼったくってくる。

「穏やかなインド」というと、インドを旅したことがない人には伝わりづらいから、サボっている表現なのだけれど、多分。けれどそんな印象が、強かった。何日、ここにいよう。中心部から少しずれた、10分ほど山を登った場所のホテルを選んで、終わらない仕事に向かう。

シギリヤロックに行って、アーユルヴェーダを受けて。最後の数日は、山じゃなくて海沿いで過ごしたいと思っている。旅は、すでに5日目だった。時間が過ぎるのは、早い。やっと時差調整が、終わって来たくらいの日程だった。